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拡張現実

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iMacから飛び立つ零式艦上戦闘機二一型
iMacから飛び立つ零式艦上戦闘機二一型
発艦準備よーし
発艦準備よーし

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 画像で人の顔を認証する技術開発に感動したのはつい最近だったような記憶があるが、現実は予想を越えて進化している。映画「永遠の0」のBR特典Link で、永遠の0ARアプリを入れたスマホなどのカメラにかざすと零式艦上戦闘機が飛行したり、空母赤城が洋上を航海するコンテンツを楽しめる。ARと呼ぶのだそうだ。

 拡張現実(かくちょうげんじつ、英: Augmented Reality、AR)とは、人が知覚する現実環境をコンピュータにより拡張する技術、およびコンピュータにより拡張された現実環境そのものを指す言葉。
 拡張現実はバーチャルリアリティ(VR)の変種。バーチャルリアリティが人工的に構築された現実感と現実を差し替えるのに対し、拡張現実は現実の一部を改変する技術である。
 よく行われている手法に、ARToolKitなどの画像認識ルーチンを利用して、2次元コードパターンや静止画など(「ARマーカー」などと呼ばれる)をデジタルカメラで撮影すると、それをマーカーとして映像にマッチムーブした3DCGアニメーションがリアルタイムで合成表示されたり、静止画に合ったコンテンツが表示される・・・
 http://ja.wikipedia.org/wiki/Link 拡張現実

ARToolKitはARの研究のために開発されたソフトウェアライブラリであり、 奈良先端科学技術大学院大学の加藤博一教授によって開発され、ワシントン大学のHuman Interface Technology Laboratory (HIT Lab) によってサポートされている。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/ARToolKitLink

どうやら、ARマーカーという、あるパターンの静止画でこの拡張現実が呼び出せるらしい。そこで遊んでみる。

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画像のどの要素がマーカーとなっているのか、誰か夏休みの宿題で解明して欲しいものである。

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— posted by bemybaby at 07:37 pm   commentComment [0]  pingTrackBack [0]

玉(ぎょく)

「楚人和氏得玉璞楚山中奉而獻之厲王
 厲王使玉人相之玉人曰石也王以和爲誑而則其左足
 及厲王薨武王即位和又奉其璞而獻之武王
 武王使玉人相之又曰石也王又以和爲誑而則其右足
 武王薨文王即位和乃抱其璞而哭於楚山之下三日三夜涙盡而繼之以血
 王聞之使人問其故曰天下之則者多矣子奚哭之悲也
 和曰吾非悲則也悲夫寶玉而題之以石貞士而名之以誑此吾所以悲也
 王乃使玉人理其璞而得寶焉遂命曰和氏之璧」
韓非子 和氏第十三

この記録は藺相如の故事でも名高い「和氏の璧」の由来であるが、本物であっても世に認められるまでには筆舌に尽くしがたい苦労があったということ。和氏の璧は秦始皇帝の玉爾に加工されやがて失われてしまったが、現代でもその美しさを想像することができる。

東京国立博物館で開催の台湾國立故宮博物院展-神品至宝-7月7日まで展示された清代の名品「翠玉白菜」がその例。
tiket


翠玉白菜



さて、そもそも玉とはなんぞや?玉には石英や滑石もあるがほとんどは軟玉。清代に入って硬玉が増えこの白菜も硬玉。

石英 SiO2
滑石 Mg3Si4O10(OH)2
軟玉 Ca2Mg5Si8O22(OH)2 〜Ca2Fe5Si8O22(OH)2
   この極組成からなる固溶体。
硬玉 NaAlSi2O6

— posted by bemybaby at 01:40 am   commentComment [0]  pingTrackBack [0]

戦後日本の幼年期は終わった

安倍晋三総理大臣の靖国神社参拝を支持する。

戦後日本の幼年期は終わった。


Yasukini Shirine



— posted by bemybaby at 12:13 am   commentComment [0]  pingTrackBack [0]

一燈照隅、万燈照国

一燈照隅、万燈照国
 安岡正篤

國寶何物 寶道心也 有道心人 名為國寶
故古人言 径寸十枚 非是國寶 照千一隅 此則國寶
「国の宝とは何物ぞ、宝とは道心なり。道心ある人を名づけて国宝と為す。故に古人言わく、径寸十枚、是れ国宝にあらず、一隅を守り千里を照らす、此れ則ち国宝なりと」
 伝教大師 山家学生式

威王曰、寡人之謂宝与王異、有臣如檀子等、各守一隅、則使楚趙燕等不敢輙前、若守寇盗則路不拾遺、以此為将則照千里、豈直十二乗車耶
 荊渓湛然 摩訶止観輔行伝弘決 第五の一

魏王問曰 王亦有寶乎
威王曰 無有
梁王曰 若寡人國小也 尚有徑寸之珠照車前後各十二乘者十枚 奈何以萬乘之國而無寶乎
威王曰 寡人之所以為寶與王異 〜 將以照千里 豈特十二乘哉
 史記 卷四十六 田敬仲完世家 第十六 (維基文庫Link より抜粋)

魏王「あなたも宝をお持ちですか?」
威王「持っていません。」
梁王「私の小国でも、前後十二乗の戦車を照らすほど大きい24 cmの宝玉が10個もあります(自慢)。ご立派な貴国が宝を持ってないはずないでしょ?(皮肉)」
威王「私が宝とするのは、あなたとは違います。〜(我が臣下は各々の部署という一隅を守り)まさに千里を照らしています。十二乗の戦車だけを照らしているわけではありません。」 

史記には具体的な威王の臣下と役割が出てくるのだが面倒だから書かない。それぞれの臣下の役割を一隅とする。だからこの言葉は、「すべての人がそれぞれの分野で全力を尽くして生きて行くこと(守一隅)が、結局は国全体を照らすこと(照千里)になるという考えを示した」ものだという。(参考:あちらこちらのネット文からw)

 ややこしいことに「照千一隅」説と「照于一隅」説の論争があった。井上宏氏の論点解説によれば、山家学生式の「照千一隅」は摩訶止観輔行伝弘決の「照千里守一隅」だそうだ。面白いことに、井上氏は「照千一隅」を推しながらも、「照于一隅」の『「一隅を照らす」は千年来、多くの人心を捉え、勇気を与え、生きる指針となってきた。非力な市井の人々にも、その力と価値を自覚させ、いわば日本人の心性を形作ってきた。この事実は、この言葉に真理が宿っていることを示している。』とする。(井上宏氏, 一隅を照らす人、千里を照らす人, 2013Link

 安岡正篤師の「一燈照隅、万燈照国」については、致知出版社編,「安岡正篤人と思想」, pp.276, 致知出版社, 1998に「安岡自身の作によるこの言葉」と記されている。また安岡正篤, 「人物を修める 東洋思想十講」, 竹井出版, 1986に「私は多年『一燈照隅』(伝教大師が弟子たちに与えた教訓)ということを提唱してまいりました」という記述が見られるので、先の山家学生式に基づき、安岡師が創成された言葉である。(国立国会図書館レファレンス共同データベースLink

 庵主は安岡師の論文(安岡正篤,「照于一隅か、照千一隅か-『一隅を照らす』の論争について」, 「師と友」, 302、1975)も読んでおらず、安岡師の真意に無知ではある。けれども、もし「照于一隅」説に基づく原典の意味から逸脱したものだとしても、「一燈照隅、万燈照国」は、さらに大きな含蓄を持って巡り還ってなお息づいているように思われる。日本人の感性では「守一隅」が「一隅を照らす」に通じている。井上氏の言われるように、まさに「この言葉に真理が宿っている」のである。

 一灯照隅、万灯照国は、ヒゲの隊長こと佐藤正久参議院議員のトークショーLink で佐藤氏が黒板に大書きされた言葉です。佐藤氏お考えの「一燈照隅 万燈照国」Link は、
 一人一人が、いまできることをしっかりやる。
 万人がやれば、国がよくなる。

明治維新終了後からの富国強兵が敗戦で頓挫するまで70年、平和と民主主義で経済に専念していたのがシナの侵略で破綻するまで70年。次の70年のために国民が今、覚悟を決めなければならない。それが一燈照隅、万燈照国であると。

 含蓄ありすぎてまとめるのに二時間もかかったぜい。

— posted by bemybaby at 11:41 pm   commentComment [0]  pingTrackBack [0]

渡来の侵略者から日本を解放するJCの神

1852年、ストウ夫人「アンクルトムの小屋」は奴隷解放への世論を喚起した。南北戦争のさなかストウ夫人と会見したリンカーン大統領は「あなたのような小さな方が、この大きな戦争を引き起こしたのですね (So this is the little lady who started this great war.)」と挨拶したという逸話がある(wiki「アンクルトムの小屋」より)。

もしかしたら、光永康則,「南Q阿伝 」, 月刊少年シリウス, 講談社, 2012年4月-(連載中)が日本にとってのそれかも知れない、渡来の侵略者によって蝕まれ支配されている日本を解放するための。

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主人公「南久阿」様の御言葉;
「日本は我々が取り戻す」 ch.01 pp.15
「この国を乗っとらんとする渡来の侵略者からこの日本を解放するために!」 ch.01 pp.36
「今なお渡来神に操られ疲弊している土地は日本中に存在している。我々はこれらを一カ所ずつ解放していく。日本を完全に取り戻すまで」ch.02 pp.32-33
「我々はお前達に抵抗する。日本の海を好きにはさせんぞ」 ch.03 pp18-19
「退きませぬ。ここで我らが退いたら日の本はどうなりましょう」 ch.06 pp.3
「このやり口にははっきりと強い悪意を感じる。日本そのものに対する薄ら寒い悪意を・・」 ch.06 pp.15
「日本は監視されている。渡来神に限らず数多の勢力がこの日本を密かにあるいは無遠慮に注視しているのだ」 ch.08 pp30
「・・今の我々には手を出す事すらできぬ存在がある」「我々の敵は強大だ。未だにその全容は計り知れない」 ch.09 pp.53-54
「日本は乗っ取られつつある。そして様々な形で日本の伝統や文化を寸断する機会をうかがっている」 ch.10 pp.45
「不服があるなら実力で阻止してみせろ。ここは日本だ。お前たちの好きにはさせない」 ch.11 pp.43

南久阿様の御名はクトゥルフ神話由来だが、「南Q阿伝」というタイトルはシナ社会の病理を告発した阿Q正伝(魯迅, 1921)を意識していると思える。現代日本の病根が、日本古来の神々に取り憑き悪事を働く侵略者=大陸からの渡来神にあると告発し、日本古来の文化伝統の復活を目差す点において類似する。まさにch.09の台詞の背景は、PM2.5などの大気汚染の元凶である西隣の某大陸国の都市風景であった。

連載開始の2012年4月の頃、時の政治&社会情勢を嘆いて多くの日本人が異民族に支配されているかのような思いを抱いていた。作者もまた同じ思いであったに違いない。本作は国民が感じていたこの思いを読者に意識させてくれる。その意味で先駆けのひとつである。そしてまだ嘆きを知らぬ若い読者の心の中にも、日本に対する思いを醸成してくれるだろう。


渡来の侵略者から日本を解放するJCの神に萌え。萌えこそ正義。核を持たぬ日本の最終決戦兵器だ。

— posted by bemybaby at 11:53 am   commentComment [0]  pingTrackBack [0]

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