三の矢「成長戦略」を待つ

試行錯誤を10年以上重ねている。失敗の連続ではあるが、まだ死んではいないことから大きな失敗ではない。まだ成功はしていないが、ひとさまから資金提供を受けて生きているのだから、大きな成功に繋がる期待も無いわけでもない。

研究テーマのひとつを実用化検討段階にシフトすることにした。貴金属ナノ粒子の集積とそのプラズモニクスは応用が広く、研究規模も個人を越えるが、もっとも自信のあるニッチなテーマをそうすることにした。残りのテーマは、宣伝と趣味を兼ねた学術活動用と、実用性の乏しいテーマは大学での学生実験用に振る。このように区分することにした。

自信と口にするからには客観的な根拠を示さねばならない。まずは権威ある第三者による公的認知である。京都、大阪、姫路の自治体関連機関主催のコンペでそれぞれ賞をいただいた。賞金もいただいたが、そのひとつは億単位の制度融資枠が付いている。経産省関係諸機関や民間から研究開発費をそれなりにいただき、資産の無い個人でも何とか開発を進めることができた。本テーマはSBIR認定事業Link でもある。支援制度が無ければ世に現れていない技術である。最近もまたひとつ、業界では知名度の高い懸賞論文のゴールド賞をいただくことになった。

ものになるかどうか技術屋としても吟味検証した。周辺技術が賑わっており、研究要素が限定的でハードルが高くない。その割には注目されておらず今なら先行者が有利である。観る者が見れば、ちゃんとNHKで特集されるくらいには市場が顕在化している。個人で始めた発明発見から事業化企業に技術移転しやすい。このように本件はスジが良いと思われる。当然、知財も国内外で押さえた。
スジが良い技術は派生する。先のSBIR認定事業から派生した商品は、改良しながらの試験販売名目であるが注文を受け売上げが発生している。ナノ構造関連技術は京都大学から企業に移転した。培われた光技術は関東のベンチャーとの装置の共同開発にも結実した。小規模ながらそれぞれ製品の一角となっている。

今回、新たに実用化検討との判断に至ったのには時代的背景がある。国民よりも活動家としてのイデオロギーを第一とする、異民族に支配されたかのような時代がようやく終わった。シナと半島にカネを送って一部を環流させるビジネスモデルは自民党が始めたものだが、自民のそれは政治家レベルで。まさか民主党のように政府レベルで売国するとは思わなかった。国富が流出し日本人が抑圧されるのだから、これで景気が良くなるわけがない。
それが安倍晋三首相の登場で大きく変化した。景気の気の字は気分の気の字だ。アベノミクスの三本の矢のうち、三の矢に着目している。
「民間投資を喚起する成長戦略」
この波に乗るべくきちんと準備して積極的に待ち受ける。つまり攻性で待つ。

そこで少しビジネスの頭も復活させるべく勉強しなおしているが、参議院議員(自民党、京都府)の西田昌司氏の話がテキストとしておもしろい。氏は税理士でもあって天下国家など眉唾は口にしない。かっちりとした国家観歴史観のもと、細かく足が地に着いている。4月6日付けの氏の論説「民間投資を増やすには企業再生が大切だ」Link に腑に落ちるメッセージがあった。

「銀行に預けられたお金は投資先がなくなっている」
「日本の場合には、あまりにも銀行などの間接金融にお金が回り過ぎ」
「ベンチャーキャピタルな どの今後活躍してくれそうな技術を持つ会社に投資をする仕組みが弱い」
「(米国にみるように)自分達で集めたお金は自分達の地域の産業や経済を支えるのが使命」
「(米国で年金などは)ある一定の割合を企業再生 ファンドなどに投資〜日本ではそれがゼロ」
「日本経済再生本部で制度の見直しを検討しています」
 Show you ビデオレター vol.194「民間投資を増やすには企業再生が大切だ」 
何ともしがたい問題がある。直接金融でさえも、誰も「今後活躍してくれそうな技術を」理解しないしたがらないのだ。間接金融は論外である。一定規模の売上げが安定して計上されるまでは認めないという、イノベーションを否定する社会性がある。その結果「自分達で集めたお金は自分達の地域の産業や経済を支える」というお金の回りが滞っている。今では「自分達で集めたお金は自分達の地域の産業や経済を支える」テーゼを忠実に守っているのが、華僑や在日僑胞のソサイエティである。民族単位で直接金融が機能して活発に創業し、何度も失敗を繰り返しながら活躍している。

確かに先端性の高すぎる技術は通常ものにならない。新しい現象が発見されてそれが利用された新製品が市場に出るまでは約20年かかる。枯れた技術になるまでに、研究者・技術者の(ときには市場での)試行錯誤と時間が必要である。だからハイテクではなく、ローテクによる枯れた技術にするために知恵を絞る。
この点は、「技術革新はイノベーションの必要条件ではない」から始まる池田信夫氏のイノベーションとは何かLink の題意と相応するところがある。氏は「新しい事業を起こそうとする場合、まず何を売ればもうかるかというアイディアがあり、その上で収益を上げる方法を考え、技術はそれに適したものを選ぶ(あるいは開発する)」と指摘する。「イノベーションの本質は技術ではなく、このビジネスモデルにある」は常に唱えるべき名言と思う。

しかしながら「何を売ればもうかるかというアイディア」を明示したビジネスモデルがあったとして、大手企業や官公庁で身分保障のある先生方がご理解いただけるのか疑わしい。 池田氏のイノベーション論でさえ残念ながら哲学的に過ぎる、と正直に断じさせていただく。「技術はそれに適したものを選ぶ(あるいは開発する)」なんてわかり切ったようなことだけども、これを達成できるほど幸運な商品開発など滅多にあるものではない。
現実をはっきり申し上げよう。技術革新だろうがビジネスモデルの変革だろうが関係はない。一定規模の売上げが安定して計上できてようやく制度や投資の恩恵に与れる。つまり、今の日本にイノベーションはない。大事なことだから二度言った。

これが笑えない現実である。Wall Street Journalの日本語サイトJAPAN REALTIMEの2013年3月6日の記事Link は、米複合企業ゼネラル・エレクトリック(GE)が5日発表した、イノベーション戦略に直接かかわっている25カ国の経営者3100人を対象に実施した意識調査「グローバル・イノベーション・バロメーター」は、日本と世界の経営者のイノベーションに対する考え方の差が大きいことを示した、と伝えている。「企業がイノベーションを成功させるためにはいかなる能力が重要か」との設問に対し「長期的なイノベーションプロジェクトに投資する能力」と答えた日本の経営者は、世界平均(59%)を19ポイント下回ったという。

このレポートが顕す問題は、日本の知的エリート層に共通であり企業経営者に限定されない。成長戦略のみならず各種制度の立案や執行に、あるいは企業の経営に、官民問わず有能な人材が知恵と知識と熱意と時間を投入していることに疑いはない。だが、責任ある者が机の上で閉じた仕事をしているとすれば、制度が想定した事態には効力を発するが想定外にはまったく無力だという問題ある現状を良く説明する。机の上で想定された以外の現実が否定されるのは、戦後の我が国の不幸のひとつである。

池田氏は実は本当は気がついて居られるのではないかと思う。「重要なのは仮説を立て」とか「新しい突然変異が生き残るような環境」とか「日本的コンセンサスを脱却し、突然変異を生み出すために」とか、これらはtry and errorではないか?かつてはあったかも知れないが、硬直化した今の日本に失われた、失敗を繰り返して成功に繋げる仕組みである。

西田氏の中間報告では、首相官邸日本経済再生本部Link ので制度の見直しが進んでいるというが、どんなものになるのだろうか。バラマキやハコモノだけではなく、メリハリの利いたものになることを期待する。何よりも、お金の回りを担う投資家マインドを上げる政策を期待したい。失敗が失敗にならない、損失が損に留まらない仕組み、例えば認定ビジネスへの出資した場合の損失はその2倍までを5年間損金に計上できるとか、を思い切って打ち立ててほしい。細かな失敗を繰り返して大きな成功に繋げる仕組みがイノベーションではないだろうか。

参議院議員 西田昌司オフィシャルウェブサイト



— posted by bemybaby at 09:02 pm   commentComment [0]  pingTrackBack [0]

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