世に無神経ほど強きものなし

「それはそれは見事な知らん顔ぶりじゃったそうな。まったく、自分がないというのはおそろしいことぞ。だれにでも頭を下げられ、つぎのしゅんかんには、べーっと長い舌を出して平気でいられる。世にむしんけいほど強いものはないのじゃ。」
   阿比留瑠比さんブログ「国を憂い、われとわが身を甘やかすの記」2012/05/09Link より

庵主の高校の現代国語のG先生は「新聞記者は自分の言葉に責任を持たぬから文章から学ぶところは少ない」と仰っていたのを今でも覚えている。けれども阿比留氏は記者でありながら署名記事が多く、しかも記事末の署名に至る前にいかにもという内容ですぐ見分けが付くほど個性がある。ご本人の個人ブログであればなおさら文章はこなれ、我が意を代弁する表現が出てくる。

今回引用の文章も、どの時代でもないが確実に身の回りのある時代の普遍的な状況の描写であり、ほら貴方のまわりのあ奴のことだとすぐ思い当たらない方はよっぽど友人知人に恵まれた有徳のお方である。最近ではルーピーと菅チョクトがもたらす人災によって、国民の大多数が「むしんけい」の苦さを味わうことになった。

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鋼の精神を体現するは背古井さん。四谷さんのプロトタイプで我が魂の師である。現場において我が身の安楽を省みない鋼の無神経ならば、事を動かすためには必要かも知れない。
しかし権力者の無神経は、ことそれが保身や責任逃れ、独りよがりや支配欲に係わる場合、天然のルーピーか悪意の菅チョクトかの差違はあるものの、もたらす結果は犯罪のそれとかわらない。こんな輩が出ぬように(出たらどうなるかを我々は学習した)noblesse obligeという教養を身につけないと本来は高等教育を受けたことにならないと先人は考えた。いわゆる修身。戦後に旧制高校が廃され、高等教育の庭での道徳教育が破壊された。結果、日本の根幹が揺るいでいる。
「修身齊家治国平天下、格物致知誠意正心」(礼記大学篇)。これなくして何が天下国家か、せせら笑うわ。

— posted by bemybaby at 06:17 pm   commentComment [0]  pingTrackBack [0]

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