政府内に「熱さ」を感じない

千年に一度という我が国にとって大災害があり、
そこから復旧・復興するという大きな国家的プロジェクトなのに、
政府内に「熱さ」を感じないのです。

泥酔論説委員の日経の読み方2011年11月7日記事Link から

個人で日経新聞を購読していたのは、「絶対愛」とかでYellow Journalになる前の約20年間。止めたのは、いかがわしい連載が始まって子供に見せられないのが当初の理由だったのだが、今では一般新聞自体のメディアとしての存在意義が疑わしいので、もう取らないし、読まない。昔の新聞の代わりはネットが果たしている。

引用のサイトは、庵主がほぼ毎日巡回するサイトのひとつである。ブログ主の泥酔さんの主旨に常に賛同するわけではないが、泥酔さんのものの見方を通し、自分自身の情報整理能力というかmedia literacyというのかな、それを学ぶ機会としている。

引用の文を眼にしたとき、おや、と何かしら興味を覚えた。引用記事では、まず日清戦争前の臥薪嘗胆に触れたのち、標題の文が登場して「あまりにも政府と国民との距離がある」との結論で受ける。この結論により、興味を覚えた理由に納得がいった。かって坂の上の雲を見つめて歩んできた明治人と、戦後の我々との、その差違をまたひとつ明確にしたのだと庵主は理解した。

隣国の反日侵略や、ルーピーや北のエージェントにぼろぼろにされて、少しは戦後レジュームのあぶなさに気がつくのがと思いきや、メディアは沈黙し、誰も暴動を起こさないし、血の気の多い連中の誰も国賊を暗殺しようとしない。平和を謳歌し、ささやかに納税する。この不況下に苦労してカネ稼いでるんだから、売国にカネを使う輩に怒りがもっと出てもいいはず。この骨抜きも米国による戦後教育の成果というものか。
維新を乗り越えた明治と、戦後復興は成し遂げたものの、あちらこちらで曖昧な状態が続いている昨今を比べると、亡国の危機との声がもっと大げさなくらいに上がって良い。曖昧に慣らされた国民から発するのがかなわないのであれば、指導階級から。それとも、国家の指導階級を養成するべく、その価値教育を担った旧制高校が戦後に完全に破壊された今では、もはや国を担える人材はいないのだろうか。

老齢の天皇陛下がお一人で日本を支えておられるのが現実ではないかね、見る人が見れば。

— posted by bemybaby at 07:21 am   commentComment [0]  pingTrackBack [0]

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